【心のケア】ペットロス後のあなたへ――悲しみが薄れていくことに“罪悪感”は持たなくていい

【心のケア】ペットロス後のあなたへ――悲しみが薄れていくことに“罪悪感”は持たなくていい

愛猫を亡くした後、私は猫さんの闘病に関する悩み相談やペットロスとの向き合い方に苦しんでいる方から、よくDMをもらうようになりました。 

その中で、特に印象的だったのは「亡くなって、まだ1ヶ月も経っていないのに悲しみが落ち着いてきたんです。こんなのって変だし、ダメな飼い主ですよね」というメッセージ。自分も味わった気持ちだったからこそ、考えるより先に「ダメじゃないし、自然なことですよ」と、スマホを打つ指が動きました。

今回は、そんな気持ちを抱えながらペットロス後の日常を過ごしている方に届けたい“悲しみの捉え方”を書きました。悲しみが薄れていくのは、悪いことじゃないですよ。

「悲しみが薄れた=愛情が薄れた」わけじゃない

愛しい存在を失った時は自然と、涙が出る。だから、私たちは「悲しみに暮れる=愛」と思いやすい。でも、愛って涙が出なくなっても心にしっかり残っているものだと私は思います。

現に、悲しみが薄れていっても、あなたの中で亡くなった愛猫への愛情は変わっていないはず。ただ、愛し方が「泣く」や「悲しむ」以外の行動に変わっただけなんです。

「悲しみが薄れた=愛情が薄れた」わけじゃない

心理学的にも、人間が喪失から立ち直るには4つのステップを経験すると言われています。簡単に説明すると、「死を受け止められず無感情になる→喪失を受け止め始めるも、受け止めきれずに悲しみが襲ってくる→喪失を受け入れられずに絶望じ、抑うつ状態に→喪失を受け入れて、新たな自分を再構築」という過程を辿るのだとか。

詳しくは、「悲哀の4段階」やグリーフワークという言葉を調べてもらうと分かりやすいです。

詳しくは、「悲哀の4段階」やグリーフワークという言葉を調べてもらうと分かりやすいです。

各期間に費やす時間は個人差があり、天秤のように気持ちが揺れる時期もありますが、人間である以上、時間の経過で悲しみが薄れていくのはごく自然なこと。決して、あなたが”薄情”なわけではありません。

悲しみが薄れていくと、「私にとって、あの子はその程度だったのか」と自分を責めたくなることもありますが、その自己卑下にすら愛がこもっています。亡くなった子を愛していないと、そういう考え自体、頭に浮かばないと思うから。

悲しみが薄れていくと、「私にとって、あの子はその程度だったのか」と自分を責めたくなることもありますが、その自己卑下にすら愛がこもっています。亡くなった子を愛していないと、そういう考え自体、頭に浮かばないと思うから。

そして、亡き愛猫はあなたが笑えるようになったことを責めません。だって、喉を鳴らし、ありのままの無邪気さもさらけ出してくれた愛猫が、あなたに「いつまでも泣いててほしい」と思うはずない。

そして、亡き愛猫はあなたが笑えるようになったことを責めません。だって、喉を鳴らし、ありのままの無邪気さもさらけ出してくれた愛猫が、あなたに「いつまでも泣いててほしい」と思うはずない。

大切な猫さんはきっと、「大好きな下僕が笑ってると、なんか幸せ」という気持ちで生前も亡き後も過ごしていると思う。だから、無理に笑顔を作る必要はないけれど、「泣けない私はダメな飼い主だ」と自分を責めることはしなくていいんです。

どんな感情の濃度も、いつかは薄まる

それでも、悲しみが薄れていく自分が嫌になる時は思い出してほしい。人間は、どんな感情も濃度が高いまま、持続できない生き物だってことを。

例えば、すごく嬉しいことがあった時でも、私たちはその嬉しさを数ヶ月間ずっと同じ濃度で抱え続けることはできません。「嬉しい」と感じた日から、その嬉しさは少しずつ薄れていく。感情って、そういう不思議さを持っている。

どんな感情の濃度も、いつかは薄まる

悲しみも同じです。どれだけ深く絶望することがあっても、その悲しみを永遠に同じ濃度で抱え続けることは不可能。心の防御システムなのかもしれませんが、自分でも気づかないうちに色んな感情が少しずつ薄れ、新たな感情を吸収するという仕組みが人間の心には備わっている気がします。

そういう視点から“悲しみ”を捉えると、大切な存在を亡くした悲しみを抱え続けられないことへの罪悪感が少し和らぎませんか。

そういう視点から“悲しみ”を捉えると、大切な存在を亡くした悲しみを抱え続けられないことへの罪悪感が少し和らぎませんか。

「人間という生き物である以上、仕方のないことか…」と思うのは開き直りのように思えるかもしれないけれど、そんな捉え方も取り入れながら自分の心を守ってほしいです。

泣き明かしたからこそ“愛猫の新しい愛し方”を考えられるようになる

悲しみが薄れることって、悪いことじゃない。「泣く」以外の方法で、亡き愛猫の“新しい愛し方”を考えるきっかけにもなるから。

実際、私も愛猫を亡くした直後は「泣く」という行為でしか愛猫に愛を示せませんでした。骨壺を抱き、生前の写真を見つめながら愛猫を想って涙を流すことで、「こんなにも愛してたんだよ」とか「もっと一緒にいたかったよ」と伝えていました。

泣き明かしたからこそ“愛猫の新しい愛し方”を考えられるようになる

でも、泣く日が徐々に減ってくると、“もういない愛猫とこれからも一緒に生きていく方法”を探す方向に気持ちがシフトしていった。“亡くなった愛猫と生きる“なんて物理的には不可能ですが、心理的にならできる。

そう思い、愛猫の死後すぐにオーダーした遺骨リングを身に着け、一緒に毎日を過ごすようになりました。

そう思い、愛猫の死後すぐにオーダーした遺骨リングを身に着け、一緒に毎日を過ごすようになりました。

最初は指輪が目に入ると、涙が出た。愛猫のぬくもりとはほど遠い指輪の冷たさに、泣いたこともあった。でも、そうやってなんとか日々を過ごしているうちに悲しみは少しずつ薄れていき、「もっと色んな景色を愛猫に見せてあげたい」という気持ちが強くなっていきました。

最初は指輪が目に入ると、涙が出た。愛猫のぬくもりとはほど遠い指輪の冷たさに、泣いたこともあった。でも、そうやってなんとか日々を過ごしているうちに悲しみは少しずつ薄れていき、「もっと色んな景色を愛猫に見せてあげたい」という気持ちが強くなっていきました。

指輪を通して、生前には絶対一緒に見れなかった夜景や風景を見てもらい、趣味のバスケ観戦時には会場についてきてもらっている今、私は「亡き愛猫と一緒に生きている」と感じることができています。

こんな風に、悲しみが薄れた先では、”生前にはできなかった愛し方”に巡り合えることもあるので、「心が新しいステップに入ったんだな」と捉えて、自分にしっくりくる“亡き愛猫との生き方”を見つけてほしいです。

こんな風に、悲しみが薄れた先では、”生前にはできなかった愛し方”に巡り合えることもあるので、「心が新しいステップに入ったんだな」と捉えて、自分にしっくりくる“亡き愛猫との生き方”を見つけてほしいです。

愛猫に「ずっと一緒」と語りかけてきた飼い主さんほど、最期を迎えた後の生き方に悩んでしまうことも多い。でも、飼い主側が永遠に忘れなければ、最期を迎えたその先でも愛猫と人間はずっと一緒に生きていける。私がペットロス後に感じたことが、少しでも心の苦しみをやわらげる材料のひとつになったら嬉しいです。

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コメント:1


  • まゆ

    2025年12月18日、愛猫のミヨンが20才でなくなって1ヶ月が過ぎました。病気でも老衰でもなく、突然の事でした。夕方帰宅した時に冷たくなってる姿を見た時、一瞬何が起きたのか分かりませんでした。家の中で起きた事故?でした。どんなに苦しかったか怖かったか痛かったか、助けてあげられなかった、守ってあげられなかった、沢山の後悔で、自分が許せず、毎日涙がとまりません。
    それでも、仕事中は何もなかったように毎日を過ごし、でも心の中、頭の中はミヨンの事でいっぱいで。
    家に帰ると、あの時の光景が何回も思い出されて、胸が苦しくなり泣いてしまいます。普通の日常とミヨンのいない、あの日で止まったままの日常の中にいます。食べかけのカリカリも、床に落ちてる数粒の猫砂も、何もかもあの日のままです。
    ミヨンを守っていたようで、本当は私が守られていました。
    もう一度、抱っこしたい、撫でてあげたい、ゴロゴロを聞きながら一緒に眠りたい、会いたいです。本当は「今までありがとうね」って言いたいのに、まだちゃんと言えません。頭では分かってるけど、それを言ったら、本当にミヨンは、もう、いないんだと認めてしまう気がして…
    今は、ただ、「ごめんね、助けてあげられなくて、守ってあげられなくて」って…
    でも、この記事を読んで、少しだけ気持ちが落ち着きました。
    ありがとうございます。


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