ベッドで寝ている時や、ゆったりめに座椅子に座っている時など、飼い主に“乗れるスペース”があると、猫はなぜか体の上を通過していくもの。「他にも、歩ける道はあるじゃん!」とツッコミつつ、愛猫の道にしていただけたことに、私たち猫の下僕はニヤニヤしてしまいます。
“飼い主を踏む”という行為は一見、ぞんざいに扱われているように思えるもの。でも、よく考えてみると、そこには猫なりの愛情が隠されているのでは…と思えてなりません。
踏むのは「警戒してないよ」のサイン
何かを踏むって、そこが安全だと分かっていなければできないこと。人間が「あの道はんか危なそう…」と思ったら避けるのと同じように猫だって、安全ではないところは避けるもの。猫は特に警戒心の強い生き物だから、きっと人間以上に周囲を警戒して自分が通る道を決めていると思うんです。

そんな警戒心の強い動物が「近づいても大丈夫」と思えてこそ、“踏む”という行為は成立する。だから、飼い主を踏むって「あなたを警戒してないよ」のサインであり、究極の愛情表現だと思うんですよね。
猫って、人懐っこい性格でも飼い主の前だけ見せる顔や行動を持ってるような気がします。踏むという行動もきっと、そのひとつ。うちの愛猫たちは来客(※おじさんを除く)にも比較的フレンドリーで撫でてもOKなタイプなのですが、来客を踏むことは絶対にしません。

年に2~3回ほど会う私の姉がゴロンと寝転んでいても、踏むのは私の体だけ。そういう愛猫の行動を周囲は「飼い主なのに雑に扱われてる!」と笑いますが、私はいつも「踏んでくれてありがとう!私も信頼してる!」の気持ちでいっぱいです(笑)
構ってほしくて踏むのも猫あるある
猫って、全然クールな生き物じゃない。むしろ、なんとか飼い主の気を引こうと独自の思考回路を働かせて様々な方法を考えている構ってちゃん”だと思うんですよね。
飼い主を踏むって、その方法のひとつでもある。実際、我が家の愛猫たちは私が寝転がってゲームをしていたり、動画を見ていたりする時に限って体を踏んできます。

時には、私とゲーム機の間に体をねじ込ませて、「ネッコの被毛しか見えないよ!」状態になることも。不器用な行動で構ってほしい気持ちを示す愛猫の姿。控えめに言って、愛しくてたまりません。
あと、猫によって、飼い主を踏むようになるまでの期間が様々なところも面白いなと感じます。例えば、我が家のコタロウ(キジトラ)は生後1ヶ月半ほどで迎えたので、小さな頃から体に乗ることが多く、私を道と見なしてガンガン踏んでいきます。

一方、弟分の猫レオン(茶トラ)は生後4ヶ月と、猫の社会化が終わった時期に迎えたからか、7年ほどは全く体に乗ってきませんでした。撫でると喉を鳴らしてくれるけど、踏んではくれない。その距離感が、なんだか少しもどかしかった。

でも、一緒に暮らし続ける中で行動は変化。コタロウの行動を見て学んだのか、私を危険人物と見なさなくなったのかは分かりませんが、最近ではご飯がほしいと首を踏んできます。
喉を鳴らしながら、絶妙な部位を踏み、咳き込む私を見下ろすレオン。その姿を見られるのは、飼い主ならではの醍醐味だなと思っています。
気遣いから私を踏んだ愛猫の優しさに涙
人間の中にも気配りさんがいるように、猫の中にも気配り上手な子っていると思う。亡き愛猫ジジは、そのタイプでした。ジジ(サビ)は、私が寝転がっていても絶対に体を踏まない子。「遠回りするのは面倒だから、下僕のお腹を踏みたい」と思う時はジャンプをして、私を飛び越えていました。

…まあ、ちょっとおニブさんだったので、ジャンプがいつも短くて、逆に私の体の上にダイレクトにジジが乗る→ジジ「早く退かなきゃ」と焦ってパニックになる→私の体により重みがかかるor顔を足蹴りされる…というパターンがお決まりだったんですが(笑)
“踏む”という行為に着目すると、愛猫のそんな心理状況も伺えて微笑ましかったです。
そんなジジに唯一、踏まれたのは、私が顔面神経麻痺を発症した時でした。顔という一番、目に見える部分に症状が出る病気は心が苦しくなる。血液が通っているのか不安になるほど硬直し、動かない顔の左側は「このまま元に戻らないのでは…」という不安を掻き立てました。

顔の半分が動かないと、動く側に負担がかかる。文字を少し読むだけで疲れてしまい、ただ寝るしかない日々が続きました。
そんなある日、ジジが私のそばへやってきて、珍しく体を踏んだ。どうしたんだろう…と不思議に思っていると、ジジはそのまま私の体の上で座り、目に手を当ててきました。最初はじゃれたいのかなと思ったけど、ジジの行動を見ていたら「ああ、温めてくれているんだ」と気づいた。

初めてジジに体を踏まれたその日、私はどんな見た目の自分でもありのまま受けいれ、愛し続けてくれる愛猫の温かさに泣きました。
ジジのように、飼い主を思うがゆえに見られる“踏む”はきっと他の家庭でも見られているはず。愛猫の“踏む”には猫ならではの感情が色々詰め込まれているだろうから、私たち飼い主は引き続き、「おキャット様!ありがとうございます!」と踏んでいただけたことに感謝していきたいものです。






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