「猫はかすがい」そう思えた日、子どもを持てない人生を受け入れられた

「猫はかすがい」そう思えた日、子どもを持てない人生を受け入れられた

子はかすがい――。そんな言葉を見聞きするたび、子どもを産めない私は孤独を感じることがありました。

我が子という存在がいない私たち夫婦には“かすがい”がないから、絆がもろいのだろうか。そうモヤモヤした時に心を救ってくれ、「私たち夫婦の間にもちゃんと深い絆がある」と思わせてくれたのは愛猫という存在でした。

子どもを産めない人生を生きる中で“猫”を迎えて

私には先天性の心臓病があります。18歳になる前、主治医から「妊娠や出産はしちゃダメだよ」と言われ、必然的に子どもを持たない人生を歩むことになりました。

「私は子どもがほしいのだろうか」と考える前に他者から妊娠・出産を禁止されると、自分の本音が分からなくなります。今でも、私は自分が子どもを持ちたかったのか、そうではなかったのかが分かりません。

子どもを産めない人生を生きる中で“猫”を迎えて

元夫は、子どもと遊ぶのが上手な人でした。自分の障害や子どもを産めないことを話し、納得してくれた上で結婚しましたが、甥っ子と楽しそうに遊ぶ姿を見るたび、心が暗くなりました。私では一生作ってあげられない光景が眩しすぎたからです。

葛藤を抱えながら結婚生活を送る中で迎えたのは、ジジというサビ猫でした。ジジは顔やどんくさいところが猫っぽくなく、私たち夫婦にたくさんの笑顔をくれました。

長年一緒に暮らす中で夫婦間の会話はだんだんと少なくなっていましたが、ジジを迎えてからは「今日、こんなポーズしてたよ(笑)」と写真を見せ合ったり、会話が増えたりしました。


子はかすがいというけれど、猫も夫婦にとってはかすがいになってくれるのかもしれない…。そう思い、かすがいと言える大切な存在が自分にできたことを嬉しく感じました。

「かすがい」だった愛猫が生きる理由に

ただ、愛猫たちが果たしてくれた役割は「かすがい」の域にとどまりませんでした。ジジを迎えてから、キジトラのコタロウや茶トラのレオンも迎え入れ、大家族になった後、私は元夫と離婚しました。

元夫との思い出がたくさん詰まった部屋で、ひとり静かに暮らす日々。正直、結構メンタルがやられて孤独感が押し寄せてきました。


もう十分頑張ったし、どうなってもいいか――。そう思った日もあったけれど、生き延びようと思えたのは、声を出せば返事をしてくれる愛猫たちがいたから。

こちらから話しかけなくてもお喋りしてくれたり、ただただそばによりそってくれたりする愛猫たちの温かさを感じ、「この子たちを遺してはダメだ」と自分を立て直すことができました。

こちらから話しかけなくてもお喋りしてくれたり、ただただそばによりそってくれたりする愛猫たちの温かさを感じ、「この子たちを遺してはダメだ」と自分を立て直すことができました。

夫婦の絆が壊れ、一度かすがいとしての役目を終えた時、愛猫は「守らなければいけない我が子」のような存在になり、飼い主の生きる理由になってくれることを、この時、私は初めて知りました。

大げさではなく、愛猫たちがいてくれたから生きてこられた日が幾日もありました。

「かすがい」だけにとどまらない愛猫の役割

離婚から数年後、私は現在の夫と一緒に暮らし始めました。夫は自分の意志で、子どもを持たない人生を選んだタイプ。だから、私は「子どもを持てないのは私のせいだ…」と自己卑下せず、息がしやすい結婚生活を送れるようになりました。

夫との生活が始まると、愛猫たちは再び、「かすがい」のような存在になってくれました。夫は普段、自発的に写真を撮らない人。それなのに、一緒に暮らし始めてからはたびたび愛猫たちの写真を撮るようになりました。

「かすがい」だけにとどまらない愛猫の役割

「猫たちのポーズがシンクロしてて面白かったよ」とか「なんとも言えない表情をしてたから(笑)」という理由で撮影した写真が送られてくるたび、私はほっこりすると同時に、ひとりの大人の行動パターンまで変えてしまう猫のすごさに驚きました。

愛猫たちの中でも特に夫のことを気に入っているのは、茶トラのレオン。レオンは夫が落ち込んでいるとそばにきて、じっとお座りをします。


一緒に暮らし始めた当初、「ありがとう。心配してくれて」と言いながらレオンを撫でた夫はその後、しばらくしてから「猫に癒されたり助けられたりすることってあるんだな…」と心の変化に驚いていました。

どれだけ慰めの言葉をかけられるよりも、愛猫の温もりを感じるほうが癒される日はあるもの。愛猫は夫婦の絆を深める「かすがい」になってくれるだけでなく、弱った心を癒したり、言葉では埋められない夫婦間の隙間をそっと埋めてくれたりもくれる存在なのだと感じました。

子どもを産めない人生をようやく受け入れられた

昨年亡くなったジジは自身の命をもって、私に家族というものの本質を教えてくれました。私は生まれ育った家庭環境があまりよくなかったため、自分の手で作った家族に対しても、どこか不信感を抱く癖がありました。

この人もいつか、私を裏切るはず。心を開いてはいけないし、弱みを見せてはダメ――。そう思い、肩に力を入れながら生活してきました。


でも、ジジの闘病中に大好きないちごを買ってきてくれ、3年しか一緒に暮らしていないのに看取りの時に号泣してくれた夫の姿を見て、「ああ、これが家族なのか」と、ごく自然に納得することができました。

私たち夫婦のかすがいになってくれただけでなく、全身を使って私に「家族」というものを教えてくれたジジ。彼女は私にとって恩人であり、人生の先輩とも言える存在です。

私たち夫婦のかすがいになってくれただけでなく、全身を使って私に「家族」というものを教えてくれたジジ。彼女は私にとって恩人であり、人生の先輩とも言える存在です。

私たちの間に座ってまどろんだり、夫とシーチキンをめぐっての攻防戦を繰り広げている愛猫たちは、私たち夫婦にとってこれからも、大切なかすがい。子どもを持てなかった人生でも、こんな幸せに出会えた自分は幸せ者だと、今なら胸を張れるような気がします。

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