動物の家族を亡くした苦しみって、人間の家族を亡くした時よりも分かって貰うことが難しい。「たかがペットを亡くしたくらいで…」という言葉で二重に傷つくのが怖くて、抱えている苦しみを周囲に話せないこともあると思います。
だからこそ、たとえ人間ではなくても、その人にとっての”大切な存在”がいなくなることは辛く、苦しいことだと知ってほしい。そんな想いから、今回は私自身のリアルなペットロス後の心境や心の移ろい方を綴りました。
もちろん悲しみの感じ方には個人差がありますが、ペットロス後は良かれと思って言ってくれているであろう周囲の言葉でさらに傷ついてしまうケースもあるので、これを機に、動物の家族を亡くした方への声のかけ方や支え方を考える機会も設けてもらえたら嬉しいです。
ペットロス直後は、何をしていても涙が止まらなかった
愛猫ジジは2025年5月16日、空へ旅立ちました。業務的ではなく、動物への愛が感じ取れるペット葬儀社で火葬ができたので、火葬直後、心は晴れやかでした。
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ずっと胸水が溜まって呼吸が苦しそうだったので、「やっと楽になれて、よかった」と思えました。

ただ、時間って薬にもなるけど、毒にもなる。翌日の朝、目が覚めた時に「今日からジジはいないんだ」と思った途端、猛烈な寂しさや悲しさに襲われました。
その苦しさを、当時の私は日記にこう綴っています。
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日常のすべてがどうでもいい。仕事もどうでもいい。お金も、自分のご飯も。
睡眠薬でなんとか眠れた。眠っている時間のほうが楽。
いないことが信じられない。
おやつの時間、いないと分かってるのに生きてた頃と同じように名前を呼んでは泣く。
少し待てば、馬みたいなバタバタしたかわいい走り方で来てくれるような気がするのに、いつまで待っても来てくれない。
いなくなってから、存在の大きさを思い知る。
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この頃は、骨壷を抱えながら毎晩泣いていました。「助けられなくて、ごめん」という思いが強かったし、とにかく寂しくてたまらなかった。
マンチカンの平均寿命は10歳ほど。だから、ジジが7歳になったあたりから、私はお別れの日を想像し、覚悟はしてきたつもりでした。でも、いざ別れの日が来たら、悲しみは想像以上だった。
HAPPY Birthday🍰
— ゆあ | ライター🖊 (@yunc24291) February 13, 2025
11歳の誕生日おめでとう、ジジ。
今年は、どこかひとつでも治療のタイミングやが合わなかったら、今日を迎えられなかった可能性が高かったので、この日を迎えられて、余計に嬉しい。
10年以上も家族でいてくれて、ありがとう。これからも、あなたらしいニャン生を。 pic.twitter.com/rgVRZkKx6e
その一方で、なぜか「早く立ち直らないと」と焦る気持ちも。だから、骨壺を抱えて泣く姿を夫に見られるたびに、「まだ泣けちゃうんだよね」と笑ってごまかしていました。
そんな時、夫は「いくらでも泣いていい。泣きたいだけ泣けよ。11年間も一緒に過ごしてきたんだから悲しくて当たり前だよ」と言ってくれた。
私の場合は自分で、「こうあるべき」と自分自身の心を縛っていたので、他人から泣き続けることを赦してもらえたことで、「泣いてもいいんだ」とホっとできました。
ひとしきり泣いた後は無気力に
ただ、「泣くこと」を自分に赦せた後も、無気力な時期は続きました。家にいると、愛猫が2匹になったことを痛感させられて苦しいから外に出たいのに、外出する気力がでませんでした。
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何もしたくない。外にも出たくない。買い物にすら行きたくない。
でも、家にいるのも辛い。ジジがいない現実を思い知らされるから。
いたい居場所がない。心が落ち着く場所がない。
現実の中で生きていたくない。
いっそ私も後を追いたいけど、ジジはそんなこと望まないだろうし、実行したら怒るだろうな。考えては、立ち止まる日々。
私が飼い主でよかったのかな。私じゃない誰かと暮らしていたら、もっと長く生きられたかもしれない。
現実逃避のゲームで、ひたすら時間を潰す。ゲーム以外、何もしたくない。
喪失感しか心にない。胸が空っぽ。
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この時期は結局、外に出られず、ずっと家に引きこもりの状態。夫は「気分転換に外出でも…」と誘ってくれましたが、気持ち的に楽しめないから…と断っていました。

当時は、せっかく誘ってもらったのに…という罪悪感もありましたが、今振り返れば、無理に外出しても、明るく振舞わなきゃ…と頑張ってしまっただろうなと思うので、自分の心に素直に従ってよかったなと思います。
1日1食が当たり前な自暴自棄の日々
やがて、私は「仕事が忙しいから」という正当っぽい理由を自分に言い聞かせて、1日1食の生活になりました。かろうじて夕食を食べれていたのは、「夫も食べるから作らなきゃ」と思ったからです。
そのくらい、自分のことなんてどうでもよかった。何を食べてもおいしくないから、食事はただの給餌行為に。
心臓に持病があり、たいして強くもないのでお酒は控えないといけないのに、週末には缶チューハイをダラダラと深夜まで飲むようになりました。
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朝方までゲームをして時間を潰すのが一番楽。睡眠薬を飲んでも、早朝に目が覚めるから。
お酒を飲んで、ふわふわした気持ちで現実逃避。
喪失感や悲しみを忘れられるなら、もうなんでもいい。
私が楽しんでいると、ジジに悪いような気がする。
平然と、ジジがいない生活を送れるようになるのも悪いような気がする。
あの子は優しいから、そんな風に思わないことなんて分かっているのに、自分が楽しむという行為が怖い。
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この頃は、些細なことで笑うたびに罪悪感が芽生えました。ジジがいないのに、なぜお前は笑ってられるんだ、と自分に苛立ちもした。

ジジがいない日常の中で、楽しいことをしてはいけない。笑顔になってはいけない。
自分が笑うと、ジジは「私なんていなくても平気なんだ」と寂しい気持ちになってしまうような気がして、「無」でいようと頑張っていました。
死と向き合うのが苦しくて「骨壺」から目を背けた
涙まみれの自暴自棄な日々を過ごしていると、骨壺を見ること自体が苦しくなっていきました。
祭壇を賑やかにしてあげたい。でも、骨壺を見ると心が苦しくなる。だから、骨壺から目を背けるようになりました。

ジジが亡くなった事実を受け入れたくない、認めたくないという心の抵抗です。
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祭壇に飾った花が傷んできたので捨てた。新しい花は買わなかった。
だって、何をしてもジジは戻ってこないから。
本当は分かってる。見て見ぬフリしても「ジジがいない」っていう現実は変わらないことなんて。
でも、こうやって見ぬフリをしていれば何かが変わるような気もした。
違うな。変わってほしいんだ。生きていてほしかった。まだそばにいてほしかった。置いていかないでほしかった。
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死という悲しみは、あまりにもダイレクトに胸に突き刺さる。私にとってジジは自分の手で初めて迎え入れた子で、初めて看取った子。
だからこそ、ストレートに「悲しみ」と対峙すると心が折れてしまい、どうやってこの感情と向き合えばいいのかと悩みました。
メモリアルグッズの製作で心境に変化が…
苦しみ100%の心が少し変わるきっかけとなったのは、推し活グッズ制作アプリを使って、ジジのアクスタやアクリルブロックを作ったことでした。
完成したメモリアルグッズを骨壺に見せつつ、「作ったよ報告」をした時、自然と口から出たのは「これからは、こうやって一緒に思い出を作っていこうね」という言葉だった。

自分の口から出たこの言葉で、私は心の奥にあった苦しみの原因が何だったのかに気づきました。
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そうか、私はこの先、ジジとの思い出が増えないことが怖くて悲しかったんだ。
亡くなれば、作れる思い出はゼロになって、それで終わり。
そう思っていたけれど、こういう形で思い出は増やしていけるのかもしれん。
「こんなの作ったよ」って見せて、報告する。
ずっと一緒だよ、そばにいるよって言う。
それは自己満だけど、自己満だっていい。
触れられないのも会えないのも悲しいけれど、亡くなっても思い出作りは続けていける。ずっとずっと。
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そう思えるようになると、骨壺との向き合い方も変わっていきました。目を背けるどころか、むしろ、常にそばに置いて過ごすように。
今までは、ジジが大好きだった寝室に作った祭壇に骨壺を置いていましたが、季節的に暑くなってきたこともあり、朝起きると同時に、エアコンがかかった部屋へ一緒に移動するようになりました。

仕事中には生前、監視してくれていた椅子に骨壺を置いて見守ってもらっています。
骨壺と一緒に眠り、行動を共にする姿は傍から見たら奇妙だろうし、悲しみ100%の姿に見えるかもしれません。
でも実際は、骨壺を常にそばに置いて過ごすようになってからのほうが心は落ち着いています。なんだか、生前みたいにジジがそばにいてくれるような気がして安心できるんです。
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今日、Xで骨壺をかかえながらブランコに乗った話や散歩した話を聞いた。
なるほど。お骨になったからこそ、一緒に行ける場所もあるんだな。
生前はおうちで一緒だったけど、お骨だったら、どんな外出先にも連れていけるし、どんな景色も見せてあげられる。
色んな世界を一緒に見て、新しい形で思い出作りができるんだな。
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今もまだ正直、悲しみや苦しみは薄れてはいないけれど、一番苦しかった時期に比べたら、心は少し楽になりました。

そうなれたのは、Xで色々な方のペットロス体験談を聞いたり、気持ちに共感してもらったりしたからです。
あと、「一生悲しんでいいし、ずっと泣いていい!」という開き直りのような赦しを自分に与えられたことも大きかった。
ふとした瞬間に思いが募って号泣する日はまだまだあるけど、「後を追いたい」とはもう思わない。むしろ、虹の橋で再会した時、お互いが知らなかった間に起きた楽しい出来事をたくさん伝え合えるように、ちゃんと生きていきたい。
ジジはきっと透明な姿で、いつもそばにいてくれるだろうから。

そんな願望のような慰めで自分の心を守りつつ、私はこれからもジジと生きていくんだろうな。
ペットロス後に感じる苦しさは人によって様々ですが、私が辿り着いた考え方が前を向きたいと思った時、少しでも参考になれば嬉しいです。
そして、ペットロス後は「まだ泣けてしまう」「立ち直れない」と自分を責めてしまうこともあるかもしれませんが、それは愛猫を愛していた証拠です。心が苦しいうちは、「あの子のために前を向かないと…」と頑張りすぎなくてもいいと、私は思います。
だって、感じている悲しみや苦しさの中身は「愛猫への愛」だから。
処理や整理せず、その感情と向き合うことは辛くもあるけれど、一緒に過ごした月日を少しずつ振り返りながら、自分が納得できる「喪失感との向き合い方」を探していけたらいいですね。
私のことかと思いました
あと10日ほどで四十九日なのですが
泣かない日はありません
スーパーに買い物に行ってペットフードコーナーを見て『私にはかんけいのないところだ』と思って泣き
落ちたゴミを急いで拾って、『誤飲を心配しなくていいんだ』って泣き
朝、ゆっくり起きるようになって『起こしてくれない…』と泣き
猫がいる時は今の季節はエアコン付けっぱなしでしたから帰宅すると部屋が温くて愛猫ないない現実をつきつけられて泣き
捨てるゴミの小ささに泣き 猫砂を踏んで痛いって困らないことで泣いて…何しても泣きます 写真を見ると辛くて、、動画も見てません 泣き疲れて倒れるように寝ます 酒の量も増えました
骨壷の多いをボア素材で耳をつけて手作りしました 少しだけすこーしだけ心が穏やかになりました。
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